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昔の日本人の生活ってどうだった?江戸時代の生活について

      2017/04/30

昔の日本人の生活ってどうだった?江戸時代の生活について

電気やガスが普及していない、昔の日本人はどのように生活をしていたのでしょうか?食生活や、家事、健康管理などはどのようにしていたのでしょうか?今回は主に江戸時代の生活について調べました。

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昔の日本人の食生活はどう変化してきた?

江戸時代

まず、国内に平穏が続き、農業と漁業が大発展します。
新田開発や品種改良、新しい漁場や漁法の開発が時代を通して行われてゆきます。
収穫量の増大は、都市部人口の増大と共に市場の拡大を促し、魅力的な料理となってゆきます。

米の炊き方の確立

実は今のような米の炊き方が確立したのは江戸時代です。
炊干し法と言い、最初から分量を量った米と水を釜に入れ、水分を全て米の中に吸収させる炊き方です。

調味料の確立

江戸時代になって本格的に醤油が使われるようになります。
それまで調味料と言えば、塩、味噌、酢でした。
また、砂糖、昆布、鰹節が現れます。多くが専門メーカーによって作られ市場に流通して行きます。

引用元-地球と気象・地震を考える

昔の日本人は当時の食生活のおかげで驚異の体力を持っていた!?

ベルツは知人から日本に滞在している間に日光東照宮を見た方がいいとすすめられ、馬で東京から日光まで14時間かけて行きました。
その時、途中で馬を6回乗り替えました。
2回目に行った時は人力車に乗って行きましたが、その車夫は1人で14時間半で行ってしまいました。

馬よりすごいこの体力は一体どこから来るのか、彼は実験を始めました。
人力車夫を2人雇って3週間彼らの食生活を調査しました。

肉類などの高タンパク・高脂質のいわゆる彼らの理想とする食事を摂らせながら体重80キロの人を乗せて、毎日40kmを走らせたところ、3日目で疲労が激しくなり、元の食事である米・大麦・イモ類・栗・百合根など(高炭水化物・低タンパク・低脂質)に戻して欲しいという事で普段通りの食事に戻すとまた元気に走れるようになるという結果がでました。

ベルツはドイツの栄養学が日本人にはまったくあてはまらず、日本人には日本食が良いという事を確信しました。

それにもかかわらず、ベルツの「日本人には日本食」という研究結果よりも、フォイトの「体を大きくする栄養学」の方を明治政府の指導者たちは選んでしまいました。

引用元-ひふみ塾 世回りブログ

昔の日本人はどのように健康管理をしていた?

世界的には古くから体重測定を行っていたようですが、日本ではその歴史は浅いです。
身長測定に関しては比較的容易に行えたようで、資料が多く残っております。
しかし体重に関する資料は明治時代になってからがほとんどです。
体重測定を「養生訓」で有名な貝原益軒は数回行っています。
益軒の生きていた1600年代後半、体重測定は天秤ばかりで測るという非常に大掛かりな作業でした。

しかし益軒は何度も自分と奥様の体重を測定しました。
なぜそんな大変な思いをしながらも、体重測定を何度も行ったのでしょうか。
益軒夫妻は病弱な身体であり、どのようにして病を予防していくかが大きな課題でした。
つまり予防のため、健康管理のために体重を測定していたのです。

身長は成人してからは大きくは変化しませんが、体重は日々変動をしています。
病気をすると減り、暴飲暴食をすると増える。朝と夜でも体重は違います。
体重の数値をみていけば、身体の変化がわかります。
なかには体調の変化がわかる!なんて人もいます。

まだ現在のような医学が進んでいなかった江戸時代に、益軒は客観的に数値で受け止め健康管理していたわけですから、すばらしいですね。
もし、益軒が現代にある体重、体脂肪、筋肉量が一瞬でわかる体組成計をみたらさぞビックリすることでしょう。

引用元-からだカルテ

洗濯やアイロンがけなどはどうだった?

洗濯(せんたく)する

洗濯物は大きな「たらい」と「洗濯板(せんたくいた)」を使って1つ1つ手で洗っていました。
「たらい」は木やブリキという金属で出来た大きな洗面器みたいなものです。
洗濯板は表面にでこぼこやぎざぎざをつけた木の板。それに洗濯物をこすりつけてきれいにしていました。
中国がルーツである洗濯板は、欧米経由で明治時代になってから、日本に伝わりました。

アイロンをかける

衣類のシワを伸ばすアイロンの歴史は古く、紀元前2000年からあったらしい。
日本では平安時代に丸い器に炭火を入れてこの熱と容器の重みで布のシワをのばす火(ひ)のしが中国から伝わりました。
江戸時代になると同じく炭火利用の焼きごてが登場しました。

明治になると、イギリスより炭火アイロンが入ってきて広く普及しました。
日本では火鉢(ひばち)など炭火を使う暖房が一般的であり、また消し炭(けしずみ)として家庭で簡単に炭を作る事が広まっていたので、それをそのままアイロンに転用できたので都合が良かったのです。
電気アイロンは1914年に輸入されたが1927年には自動車の大量生産方式にヒントを得たNationalが手頃な価格で生産し大ヒットしました。

引用元-昔の生活道具(むかしのせいかつどうぐ)

江戸時代の識字率かなり高かった!

幕末の頃の識字率はなんと7割~9割

識字率について厳密な調査があるわけでなく、実際にどの程度であったのかは推測するしかありません。

どの国、どの時代においても、初等教育で最初に教えるのは「文字」です。
文章の読み書きができなければ、書物を使って学習することができません。
それゆえ、就学率が識字率の一定の判断材料となります。

江戸時代後期のわが国においては、江戸の就学率は70%~86%程度だったとされていますので、少なくとも識字率はそれ以上だったと考えられます。

引用元-江戸時代Campus

まとめ
江戸時代の和食はおおよそ完成したようですね。しかし昔の人の体力はすごいですね。食生活の変化がなければ今でも体力がすごい人が大勢いたのでしょうかね。

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